笙鼓七波の100句

   1~25句

  1 白魚や思ひの丈を透かしをり    

  

  2 蹠より大地の鼓動青き踏む

 

  3 葱坊主おかつぱの子の混じりをり

    

  4 革命もロルカも棄てゝ戀の猫 

    

  5 アネモネの花帆に秘めたる魔弾かな

   

  6 ゆで卵つるりと剥けて春たてり

    

  7 蕗の薹今朝褒められし子の笑顔 

    

  8 瞑れば風の香りの風信子

 

  9 巴にて恋猫ねまる宴後

         

 10 浄瑠璃寺一佛ごとに春を識り

           

 11 春宵の黒猫モンローウオークして

    

 12 とめどなき水のお喋り猫柳

 

 13 水天の光りと翳り蓴生ふ

        

 14 暁の寺にたなびく余寒かな

    

 15 春寒の弥勒菩薩や指ふるへ

       

 16 蕗味噌や妣の小言の聞こえをり

 

 17 浅き春汝(な)が黒髪のみだれをり  

  

 18 囀りや天使のとほることもある

            

 19 菜の花や明るき風を近江まで 

     

 20 菜の花の色を映して碧海かな

              

 21 穢れなき少年のごと蘆の角

       

 22 鮮血のアネモネよ風孕みたり 

     

 23 蒼穹の陥穽に咲く辛夷かな

 

 24 春泥の途を桂馬のごとくゆく

      

 25 マネキンの嫣然とせる萬愚節

           

            

   26~50句

 26 花明かり現世一切夢幻なり

       

 27 肯へる朱唇に花の流れをり

 

 28 今日のみの花を求(と)めゆく高瀬舟

   

 29 さゞれ石濡るゝ醍醐の花の雨

                

 30 蝶の生るあえかの月の沈む時  

    

 31 悲愴とは薊の棘に宿りけり

                   

 32 興津鯛言祝ぎ謳ふ花顔かな 

      

 33 春の月ものがたりせり犬と人

 

 34 ハーレーや裸身裹めり春満月

      

 35 観念の眼を閉ぢてをり春の夢

                 

 36 巫女たちの血潮に紅蓮木瓜の花

     

 37 天降る蝶火焔となりて風と消ゆ

                     

 38 初蝶の光に化粧ふひらひらと

      

 39 紫木蓮火群なしてぞ昇りゆく

            

 40 綻ぶを眺めやる花君なき日

              

 41 万緑の息吹制めて刀打つ

              

 42 潦やをら一掬せし揚羽

         

 43 混沌の海に対へり錨草

 

 44 青葉風言葉の余白読むごとく

      

 45 萬緑といふ樹液満つ森の夜

 

 46 ゆきかへど気づくものなし柿の花

 

 47 ぼうたんの開きて静寂定まりぬ

     

 48 はぢらひの君よ花桐が咲いてゐる

 

 49 書庫裏の風の渡りや薔薇二本

 

 50 初恋といふ名の薔薇の透きとほり

               

                 

   51~75句

 51 藤房の逆波立てて昼の月

        

 52 眠る蝶虚妄の夢の色に染む

       

 53 フクシアや無邪気な児等が風になり

   

 54 夏めきて海をまるごと貝に聴く

     

 55 躑躅燃ゆ魔女の饗宴果てしなく

                     

 56 宇宙から咲き初むるなり額の花

     

 57 饒舌な哲学者ゐて行々子

           

 58 蜥蜴ゐて沈黙といふことばあり

     

 59 黒百合を剪るマイケルの逮夜なれば

 

 60 葉柳や梳りゆく濠の風

                 

 61 南風吹く遠流の島の黄八丈

 

 62 葉擦れして雨気の広ごる茂りかな

    

 63 何謂はむ蜥蜴のしつぽ黙示録

      

 64 一しづくなほ一しづく夕立なる

  

 65 片戀をひとつ置き去る青林檎

 

 66 雑魚ばかり曳きずられゆく熱砂かな

   

 67 潮風を枕に入れて午睡かな

 

 68 白日傘件のをんな佇ちゐたり

                

 69 蟬の羽の羅纏ひ恋に出る

        

 70 ル・フィガロに甜瓜包めりまろき腰

               

 71 イタリアの踵のあたり夏宿る

      

 72 溽暑とて余白の街に迷ひけり

      

 73 黒百合や乙女さびせる三十路妻

                  

 74 喉佛立てゝ見上ぐる天の河

 

 75 花ダチュラ訣れの詩を口遊ぶ

             

             

   76~100句
   

 76 鍬形虫夜天の月を捧げ持つ

 

 77 白萩のこぼれて風のとほりみち

     

 78 八月の雑多クリップにとめおけり

 

 79 やゝこしき話はあした盆の月

      

 80 秋晴の野原よ地球背負ひたり

                

 81 沈黙も饒舌もゐて曼珠沙華

       

 82 蹲踞の内にたゆたふ月天心

                  

 83 爽やかやモンマルトルの白き風

               

 84 良夜とてゆらり漕ぎ出す恋の舟

 

 85 青空を胡桃の部屋に忍ばせり

               

 86 寂として時止まりをる湖の秋

      

 87 口紅の盛り多くして十三夜

       

 88 武士の魂なき菊のかをりかな

      

 89 狛犬のあ・うんのあくび神の留守

               

 90 逢引の女と来る時雨かな

                 

 91 冬めきて首を畳みしキリンかな

 

 92 爆弾を孕んでゐるや海鼠嚙む

 

 93 数へ日や時計の中に海がある

 

 94 銃口の余韻を雪に預けたり

       

 95 厖大な月の虧けゆく十二月

                

 96 脳髄の青で思索す年の暮

        

 97 年の夜や言つてしまをか胸の内

 

 98 醍醐寺に襖繪めづる寒九かな

 

 99 風花の風花触るゝ音すなり

        

100 さゞなみの滋賀のきらめき初景色